ホワイトペーパー
2光子励起と3光子励起用のレーザ光源を理解する
マクロ・アリゴニ(戦略マーケティング担当ディレクター)とエリン・ドウゴシュ(Monaco 1300担当製品ラインマネージャー)によるホワイトペーパー(Coherent)
2光子励起と3光子励起のメリット
2光子励起は、ライフサイエンス、特に神経科学の分野で現在広く使用されている3Dイメージング用に確立されたツールです。 ウルトラファースト(フェムト秒/ピコ秒)レーザは小さなビームウエストに集光されます。 この場所、唯一この場所の高いピーク強度により、蛍光染料、タンパク質、内因性物質の2光子励起を誘発できます。 このレーザスポットをxyzでスキャンすることにより、生体組織への熱影響を最小限に抑えて、高いSN比で2Dイメージスライスまたは3Dイメージキューブを構築できます。
皮質内でのより深いニューロンマッピング追求してきた結果、3光子励起は神経科学コミュニティにおいてその存在感を高めてきました。 ほとんどの組織の散乱と吸収の特性として、対象の波長で高い浸透深度のウィンドウを複数提供します。 また、より高次な非線形励起によって、組織試料に対し、より狭い範囲で、より高強度な集光を行うことができるため、ほぼピンぼけのない蛍光背景によるくっきりとしたイメージが得られます。 3光子励起に内在するこれらの特性が合わさると、2光子を用いた手法と比較して生体内イメージング深度の機能性が2倍に向上します。
2光子励起と3光子励起は、パルスエネルギー、波長、繰り返し周波数、パルス幅に関して、それぞれ独自のレーザ要件を満たしています。 そのため、同じ光源で、2光子と3光子を用いた基本的な実験手法に対処できません。 本書の目的は、深度に関するこれらの特定のレーザ要件の探求を通じて、これらの要件により各種励起がどのように可能になるのかを明らかにし、2光子と3光子のアプリケーションの両方を合理化する、これらの要件に対応したCoherentのレーザ開発を紹介することです。
2光子顕微鏡用レーザの要件
生体試料の2光子励起には、短パルス、高速ラスターイメージングのための高い繰り返し周波数、試料生存率に適合した平均出力、利用可能な多種多様のプローブの励起スペクトルに適合する波長が必要です。 そもそも、2光子励起は発生確率が低く、非常に高いピークパワーを必要とするため、パルス幅の要件を定義するに至りました。 75 fs~250 fsの範囲のパルス幅が広く使われています。パルスが短くなるにつれて励起の効率が高まりますが、試料の非線形現象の発生リスクや、アブレーションによる損傷リスクが高まります。
モードロックレジームでレーザを動作させることによって、そうした短パルスを生成できます。 ほとんどのモードロックレーザは、多くのイメージング研究に非常に適した50 MHz~100 MHzの範囲の固定繰り返し周波数で動作します。 例として、画素数が512 x 512、フレームレートが数Hzの一般的なイメージサイズを検討してみましょう。 各画素で複数の励起パルスを発生させてノイズを低減し、ラスタースキャンのコストを削減するには、繰り返し周波数を10 MHz以下に抑える必要があります。より高速な共鳴スキャンを行う実験では、数十パルスが必要です。
最も広く使われているインジケータは、400 nm~550 nmの波長範囲(紫色光~緑色光)の単一光子レジームで励起されます。 これは、偶然にもチタンサファイア活性媒体をベースにした波長可変レーザに最適な、2光子レジームの750 nm~1,100 nmの波長範囲(近赤外)におおよそ相当します。
表1: マルチフォトン励起に最適なレーザパラメータの概要。
レーザパラメータ | 2Pイメージングの要件 | 3Pイメージングの要件 |
波長範囲(nm) | 700~110 |
1,300~1,700
|
平均出力(W) | 1~2 | 1~4 |
パルス幅(fs) | 75~150 | 40~60 |
パルスエネルギー | 10 nJ~50 nJ | 1 µJ~2 µJ |
繰返周波数(MHz) | 50~100 | 1~4 |
最後に、上記の近赤外波長範囲と、100 mW~200 mWの平均レーザ出力範囲にほとんどの試料が耐えうることがさまざまな研究によって示されています。これは、今日の多種多様なイメージング用プローブや機能性蛍光プローブを用いて鮮やかな画像を実現するのに十分な出力量です。 顕微鏡によってはスループットが10 %と低いため、1 W~2 Wのレーザ出力が必要です。
表1にまとめたとおり、CoherentのChameleonシリーズといった、ワンボックス型の自動波長可変チタンサファイア(Ti:S)レーザによって、これらの要件に十分に対応します。 世界中のラボで、2光子顕微鏡に使われているこの類のTi:Sレーザは、合計5,000以上あると推定されています。
3光子顕微鏡のレーザ光源の要件
2光子顕微鏡と比較して、3光子顕微鏡はまだ相対的に初期段階にあります。 ただし、(神経科学などにおいて)より深いイメージングを提供するなど、いくつかのメリットをもたらすため、その使用が非常に急速に広まっています。
レーザの要件は、はるかに低くなる3光子励起の発生確率によって判断されます。そのため、2光子励起よりも最大100~200倍以上という はるかに高いピークパワーが必要です。 パルス幅がより短く、パルスエネルギーがより大きいレーザを使用することによって、ピークパワーを高くすることができます。 ただし、顕微鏡システムを介して利用可能な最短モードロックパルス(10 fsなど)を伝達する際に、パルスの歪みと伸長を回避するための分散管理が問題になります。 その結果、3光子励起に40 fs~60 fsの範囲のパルスを用いると、高いピークパワーと合理的にシンプルなパルス管理の間で良好なバランスを図ることができます。
このパルス幅は、2光子レーザの標準的なパルス幅よりも最大3倍短く、これらのレーザと比較して40倍~50倍高いパルスエネルギーが依然として必要になります。 2光子顕微鏡レーザの出力パルスエネルギーは10 nJ~40 nJの範囲ですが、同様の光損失を持つ3光子顕微鏡に必要なレーザ出力は0.5 mJ~2 mJの範囲です。
このパルスエネルギーを実現する1つの方法は、チャープパルス増幅またはCPAと呼ばれる手法でTi:Sレーザの出力を増幅することです。 CPAは、1990年代にジェラール・ムル氏とドナ・ストリックランド氏によって発明されました。非常に重要かつ広く使用されているため、両氏は2018年にノーベル物理学賞を受賞しました。
パワースケーリングの鍵となるイッテルビウム
繰り返し周波数と平均出力についてはどうでしょうか? ここで、大いに検討するべきことは、試料の生存率です。 試料の平均出力を200 mW未満に保って試料の生存率を維持する必要があることが、2光子に関する数多くの研究によって広く認められています。 前セクションでは、3光子イメージングに必要な1パルスあたりのエネルギーは、2光子励起の場合よりも40倍~50倍高くなければならないことを示しました。 つまり、それに応じて、1 MHz~2 MHz程度の範囲に繰り返し周波数を下げる必要があります。繰り返し周波数を4 MHz~5 MHzの範囲に上げてイメージングを高速化することも可能ですが、試料の1パルスあたりのエネルギーがそれに比例して減少します。
残念なことに、Ti:S結晶の物理的特性により、このようなレーザの構築は実現不可能です。一方で、イッテルビウム添加ファイバーをベースにしたレーザシステムはこうした問題を回避できます。 イッテルビウムを添加した活性ファイバーを使用すると、パルス増幅がより長距離にわたって分散されるからです。ファイバーをコイル状に巻いて構成をコンパクトにできるため、Ti:S増幅器では達成できない高い繰り返し周波数で十分なゲインを得ることができます。
図1では、この種類のファイバー増幅器の標準的なアーキテクチャを図式化して説明しています。 Ti:Sレーザ増幅器と同様に、最初のステージ(シードレーザ+前置増幅器)では、数十MHzでモードロックパルス列を生成します。音響光学変調器(AOM)がこのパルス列をゲートで制御し、整数Nで繰り返し周波数を下げます。図を参照すると、Nが50の場合、1 MHzのパルス列は、出力増幅ステージでCPAによって増幅されます。
図1:高出力イッテルビウムファイバーレーザの主な要素のプロック図。
このアーキテクチャは、柔軟性と出力の拡張性が極めて高いです。1 MHz~50 MHzの範囲の繰り返し周波数により、最大60 W超の平均出力を容易に生成できます。光ファイバーが損傷を受け始めると、1パルスあたりのエネルギーは制限され、通常1パルスあたり100 mJ以下に維持されます。
CPAをベースとしたイッテルビウムレーザは、1,030 nm~1,070 nmの固定波長範囲で動作します。ゲイン帯域幅は最大250 fsのパルスまで対応可能です。 波長とパルス幅のいずれも、3光子顕微鏡と直接適合しないため、次のセクションで説明するとおり追加のパルス処理が必要です。 補足すると、イッテルビウムレーザは、空間光変調器を使用して多くの神経にわたって高出力を「拡散する」イッテルビウムレーザ波長で励起可能な、いわゆる赤方偏移したオプシンを持つ2光子オプトジェネティクスで非常に広く使われるようになりました。
3光子励起用波長の要件
3光子顕微鏡の場合、緑色蛍光タンパク質をベースにしたプローブの励起に必要な波長は、最大1,300 nmまでの範囲です。赤方偏移したプローブの場合は最大1,700 nmまでの範囲です。 この2つの波長レジームのうち、1,300 nmはより有益な3光子イメージング「ウィンドウ」であることが実証されています。これについては、本書の後半で説明します。なお、3光子励起にも40 fs~60 fsの範囲のパルス幅が必要です。 では、イッテルビウムレーザを使用して、どのようにしてこのパフォーマンスを得るのでしょうか?
3光子顕微鏡の要件を満たすために、波長とパルス幅の両方を変換するのに最も広く使われている方法は、波長可変光パラメトリック増幅器(OPA)を使用することです。 このデバイスは、(イッテルビウムレーザからの)ポンプの波長を2つのより長い波長に変換します。この場合、光子エネルギーの合計がポンプ光源の光子エネルギーと等しくなります。このエネルギー変換は、次の式で表すことができます。
1/λp=1/λs+1/λi
この式では、λは波長を表し、p、s、iは、「ポンプ」波長と、従来「信号」と「アイドラー」の波長と呼ばれるOPAによって生成された2つの波長を特定します。 歴史的経緯から、この2つの波長のうち、アイドラー波長の方がより短くなります。
図2 : OPAの主な要素のブロック図。
図2では、OPAが3光子顕微鏡に必要な波長を生成する方法を図式化して説明しています。 イッテルビウムレーザ出力のごく一部が、薄板内での広帯域「白色コンティニューム光源」の生成に使われます。 次に、白色光源は、パラメトリック増幅に適した非線形結晶内で、ユーザが選択した特定の波長で増幅されます。 イッテルビウムレーザ出力の残りの部分の周波数を倍増させて、OPAの「ポンプ」波長である515 nm~520 nmの範囲で緑色光源を生成します。この段取りを経て、OPAは一般的な「緑色」プローブの3光子励起に適合する1,300 nmのアイドラー波長などを生成できます。 エネルギー変換には、860 nmの信号波長が必要です。
白色コンティニューム光源の性質を考えると、OPAユーザは2つの出力波長をどう選択するでしょうか? フェーズマッチング、すなわち結晶の光軸とポンプビームの間の角度を調整することによって選択します。 結晶を傾けることによって、白色光源からどの対波長を増幅するのかを選択できます。 波長可変OPAには、目的の信号波長の選択をシンプルにする手動または電動のコンピュータ制御ステージがあります。
パルス幅を適合させるための要件
3光子顕微鏡にとって同じくらい重要なことは、OPA独自の設計により、ポンプパルスよりもはるかに短いパルスが生成できることです。 特に、OPA結晶内でポンプビームと信号ビームが異なる角度で伝播する「非共線」設計を用いることによって、20 fs~25 fsの範囲の短いパルスを生成できます。この非共線アプローチでは、通常940 nm~1,250 nmの範囲の波長可変領域で最大300 nmまでのギャップが残ります。 幸いなことに、この領域は3光子励起に関係ありません。
図3 : Coherent Monacoを用いた40 W励起と60 W励起のためのOpera-Fのチューニングカーブ。
関与する非線形加工(イッテルビウムレーザの周波数倍増とパラメトリック生成)により、システム全体の効率が比較的低くなります。 ここで、イッテルビウムレーザのパワースケーリングが効果を発揮します。 Coherent Monacoなどのパワフルなイッテルビウムレーザは、1パルスあたり数十µJを実現します。 これにより、1,300 nmまたは1,700 nmで、1パルスあたり数µJがOPAから出力され、3光子励起の光学「ウィンドウ」に適合します。 図3では、1 MHと4 MHzで60 W励起させたOPA(Coherent Opera-F)の標準的なチューニングカーブを示しています。これは多くの研究グループで使用されているセットアップです。
同時マルチプローブイメージング
前のセクションでは、緑色蛍光タンパク質やGCaMPファミリー(遺伝的にコード化されたカルシウムインジケータ)などのプローブに重要な3光子モダリティでの励起の主波長として、1,300 nmを参照しました。3光子は920 nmで2光子と同じエネルギー量を運ぶことができます。 同様に、2光子励起を用いて最大1,050 nmまでの範囲で励起される、いわゆる「赤方偏移した」プローブは、1,600 nm~1,700 nmの範囲の3光子モダリティで励起できます。 これらのプローブとして、m-果実形態プローブやRCaMPカルシウムプローブなどがあります。図4の
図4 : 緑色と赤方偏移したプローブの2光子励起と3光子励起も合わせて参照してください。
3光子作業の大部分は1,300 nmで実施されてきましたが、概念上1,600 nm~1,700 nmのより長い波長範囲で励起可能な赤方偏移したプローブの使用についても、顕微鏡コミュニティは引き続き関心を示しています。 これは、理想的な3光子レーザは両方の波長を生成できなければならないこと、しかも2色励起イメージングの場合は、おそらく同時に両方の波長を生成できなければならないことを示しているように思われます。 水の吸収は1,300 nmよりも1,700 nmの方が高く、試料が熱損傷を受ける確率が高くなるものの、組織の散乱が少なくなるため、波長が長くなると、さらにより深いイメージングを提供できる可能性があります。
ただし、いくつかの公表された研究により、1,300 nmで緑色と赤色の両方の蛍光プローブを、少なくとも複数個励起できることが明らかになりました。 その後、2つのプローブからの蛍光発光は、波長選択フィルターで簡単に分離されます。 たとえば、2021年、クリス・シュー氏は、多色蛍光体の単一波長3光子励起に関する画期的な論文を発表しました(出典: マウス脳深部における単一波長励起によるマルチカラー3光子蛍光イメージング、Science Advances)。
つい最近では、ティモ・ファン・ケルクルレ博士とその博士課程学生マリー・ギルマン氏は、1,300 nmに調整したCoherent MonacoとOpera-Fを用いた3光子励起により、マウス前頭前野のデキストランとtdTomato(赤方偏移したプローブ)の両方で標識したマウス介在ニューロンの同時励起を実現しました(図5参照)。 図4のZスタック画像は、深さ1 mmまででも赤方偏移したプローブ励起信号が顕著であることを示しています。
ポンプレーザを搭載したCoherent Monaco 1300レーザヘッド、トータルパワーコントロール(TPC)オプションを搭載した1300モジュール、ワンボックスにすべてを完全統合した小型パルスコンプレッサー(CPC)オプション。
図5:マウス前頭前野のデキストラン(緑色)とtdTomato(赤色)で標識した介在ニューロンの3光子イメージングで、深さ約1 mmまで到達。 データ提供:ティモ・ファン・ケルクルレ博士、マリー・ギルマン氏、NeuroSpin、CEA Saclay。
このアプローチでは、2つのOPAが必要なくなるだけでなく、波長チューニングを備えたOPAも必要なくなります。 このマルチプローブアプローチをより簡単に実践するために、Coherentは、ワンボックス型の固定波長1300 nmフェムト秒バルス光源()、Coherent Monaco 1300を発売しました。 このコンパクトな光源は、完全一体型のハンズフリーレーザです。最大出力2.5 Wを実現し、1 MHz、2 MHz、4 MHzの繰り返し周波数を選択可能で、パルス幅は50 fs以上です。 これらすべてのパラメータは、深い3光子イメージングに理想的に適合するため、Coherent Monaco 1300は、初の3光子顕微鏡専用ワンボックス型ターンキー光源になります。
3光子イメージングの出現と広がる普及を認識し、Coherent Monaco 1300の設計では、最も先進的な2光子顕微鏡用レーザ(例:Coherent Chameleon DiscoveryおよびAxon)ならではのメリットを取り入れてユーザに提供します。 実際に、Coherent Monaco 1300は、前の準備なしに出力減衰/ゲーティングを行うトータルパワーコントロール(TPC)機能と、試料での最適なパルス幅を実現するための分散プリコンペンセーションを行う小型パルスコンプレッサー(CPC)の2つのオプションをワンボックスに搭載し、あらゆる種類の顕微鏡セットアップに対応します。
概要
まとめると、マルチフォトン顕微鏡は、神経科学と生体内イメージングを駆使した驚くほど動的な分野です。 特に神経科学で、より深くイメージングを提供する必要があったため、第1世代のCoherent Monaco/Opera-F構成と、第2世代のユニークなワンボックス型の最新Coherent Monaco 1300システムという、特別に設計された2世代のレーザをすでに商品化しています。 1つまたは2つの波長のみが3光子イメージングの主流になると言うにはまだ早すぎますが、Coherentは、同じラインの2光子イメージング用単一波長Coherent Axonレーザ光源とともに、両方の光学ウィンドウに対処する柔軟なソリューションと、顕微鏡セットアップ全体をシンプルにし、さらなるシステム統合を可能にする1,300 nm向けのワンボックスソリューションを提供します。