ホワイトペーパー

高安定を誇るフェムト秒増幅器により、生体膜と界面活性剤の2D IR分光法研究での高データ出力を実現

概要

カルロス・バイズ教授の研究室(テキサス大学オースティン校)の研究者たちは、親水性/疎水性界面のダイナミクスを研究し、生体膜と工業用界面活性剤の両方の詳細な機能を解明しています。 彼らは、Astrellaウルトラファーストレーザ増幅器をベースに構成した2次元赤外分光装置を幅広く活用しています。出力の安定性と容易な操作性を組み合わせて、公表に値するデータによる研究室のスループットの高さを実現しています。

2D IR分光法における高いデータ出力性能

現実の膜と工業用界面活性剤

バイズ教授は研究の動機について、「界面活性剤と脂質膜についての従来の研究は、単一の種類の脂質または界面活性剤が関与する単純なモデルシステムを対象にしてきました。 こうした研究も重要な情報を提供してきましたが、得られた知見は必ずしも現実のシステムを反映しているとは限りません。 たとえば、生体膜には何百または何千もの異なる脂質が含まれています。現在、生物学は本来効率化する傾向があることが認識されているため、この予想外の化学的多様性は、間違いなく重要な目的に役立っています。 私たちの研究では、細胞機能を制御する特定のタンパク質の折り畳みにおける膜の不均一性の役割を調査しています」と同教授は語り、同様の化学的多様性が、石油回収や潤滑などの用途に使用される工業用界面活性剤の分野でも見られる、と付け加えています。 界面活性剤が石油化学由来のものであれ、パーム油などの生物由来のものであれ、その分子は鎖長、官能基、分岐などの点で多くの違いがあるのが特徴です。

 

「2D分光法の原理はよく知られていますが、実装するのは大抵非常に複雑になります。」

 

2D IR分光法のユニークな力

2D IR分光法は、バイズ教授のグループが研究で使用する強力なツールの1つです。 2D分光法の原理はよく知られていますが、実装するのは大抵非常に複雑になります。 従来の(1次元)赤外線吸収測定では、吸収量は単一のパラメータである赤外線周波数の関数として測定され、通常はFTIR(フーリエ変換)分光計を使用します。 各吸収ピークは、別々の分子振動に対応します。 2D IRでは、ポンプおよびプローブと呼ばれる2つの赤外線源の結果として、吸収が効果的に測定されます。 次に、データは通常、2つの周波数の2D等高線図としてプロットされます。ここでの対角線プロットは単なる線形スペクトルです。 図1に示すように、これらのデータプロットでは、信号強度を表すために疑似カラーが使用されます。 [1]

なぜでしょうか。 この非常に複雑な実験的アプローチによって、他の手段では簡単に得ることができない何かが得られるのでしょうか。 非対角のピークがあるということは、これら2つの振動が結合している、つまり、1つ以上の原子を共有しているか、ある種の化学的相互作用で密接に接続されていることを示しています。 たとえば、ピークの形状から均一および不均一な広がり成分が明らかになり、これにより分子とその周辺の環境との相互作用に関する動的情報が得られます。 また、解析とモデリングにより、データセットからその他のより微細な情報も抽出することができます。 

データは周波数領域でプロットされていますが、図1に模式的に示すように、現在ほとんどの2D分光法はウルトラファーストレーザパルスを使用して時間領域で実行されます。試料は、対象となるすべての周波数を含む2つの広帯域フェムト秒ポンプパルスによって励起されます。 その後、2つのポンプパルスの間の遅延が繰り返しスキャンされ、その結果得られるプローブパルスへの影響が周波数領域にフーリエ変換されます。 (これは、FT-NMRの実行方法と概念的に似ています)。 プローブパルスは、対象となるすべての周波数を含む広帯域フェムト秒パルスでもあります。 試料通過後、プローブパルスはモノクロメーターに分散され、プローブ周波数軸が直接取得されます。 スペクトルはレーザパルスを使用して記録されるため、ポンプとプローブ間の遅延を制御して、これらすべての効果の時間的な挙動(可干渉時間など)を示すこともできます。

Figure 1

図1 : 2D IR分光法では、広帯域の中赤外線ポンプパルスのペアによって試料に振動コヒーレンスが引き起こされます。 わずかな遅延の後、第3広帯域パルスが印加され、測定された3次信号が生成されます。 図はバイズ教授の研究室のご厚意による掲載。

複数の機能を備えた堅牢な実験システム

バイズ教授は次のように述べています。「2D IRは、脂質膜の水素結合のダイナミクスを調べるための優れた手法であることが十分に証明されています。 親水性 / 疎水性の違いによって界面が定義され、界面ではバルクと比較して水素結合のダイナミクスが大きく乱されます」。バイズ教授は、2D IRのもう1つの利点はカルボニル(C=O)伸縮振動から得られる比較的強い信号である、と付け加えます。 一般的な脂質の大部分は、水との水素結合に重要な役割を果たすカルボニル基を持っているため、さまざまな不均一な系にある脂質を対象とする教授の研究と非常によくマッチします。 [2-3]

2D IR装置のレーザ光源は、調整可能な光パラメトリック増幅器(NDFGを備えたCoherent TOPAS Prime)と組み合わせたCoherent Astrellaです。 Astrellaは、中心波長が800 nm付近で100 fsのパルスを発生するユニークなワンボックス増幅器です。 OPA/NDFG構成により、中赤外全域でチューニング可能なパルスが生成されます。 バイズ教授の構成では通常、脂質やタンパク質のカルボニル伸縮振動にマッチするように、1750~1580 cm-1の周波数に相当する5.7~6.2ミクロンの中心波長に調整されます。 100 fsのパルス幅は、同じ測定中に脂質のエステルカルボニルとタンパク質のアミドカルボニルをプローブするのに十分なスペクトルの範囲を提供します。

 

「2D IRは、脂質膜の水素結合のダイナミクスを調べるための優れた手法であることが十分に証明されています。」

 

同時空間分解能および時間分解能による温度計測

図2はバイズ教授の研究室で使用されている2D IR装置の主な要素を模式的に示したものです。 ウルトラファースト2D IR実験の初期には、特注の機器を使用して個別のパルスを生成していました。 各パルスは異なるビーム経路で生成されたため、干渉計の品質に適合するようにすべてのビームを試料上に重ねるには、配置の点で大きな問題がありました。 現在、バイズ教授のような研究者たちは、市販のパルス整形器(PhaseTech Spectroscopy Inc.のQuickshape)を使用して間隔の狭い励起パルスを生成しています。さらに、すべてのパルスを単一の同一線上のビーム経路で生成して、実験を大幅に簡素化しています。

Coherent Astrella信号遅延ジェネレーター(SDG Elite)の高度な電子パルス遅延機能は、過渡2D IR分光法などのより高度な実験に役立ちます。 このモードでは、追加のUVレーザを使用して化学反応を光トリガーし、2D IRを介して追跡します。 [4]従来の「ポンププローブ」方式と同様、この実装は「UVポンプ2D IRプローブ」と考えることができます。 図2に示すように、SDG Eliteの複数の出力は光学装置のさまざまなコンポーネントを同期するために使用されます。

 

2D IRセットアップの主な要素

図2 : 2D IR装置の主な要素を示す模式図。 Coherent Astrellaシステムは、Vitaraオシレータ、Revolutionポンプレーザ、メインのチタンサファイアレーザで構成されています。 信号遅延発生器は、装置を同期させるための電子タイミングパルスの生成に使用されます。 図はバイズ教授の研究室のご厚意による掲載。

 

レーザの安定性により長時間のデータ取得が可能

Astrellaは、CoherentのHALT/HASSプロトコルにより設計および製造されており、比類ないレーザの安定性と信頼性を実現しています。 HALTはHighly Accelerated Life Testing(高加速寿命試験)の略で、HASSはHighly Accelerated Stress Screening(加速ストレス性能試験)の略です。 バイズ教授は自分の研究を可能にした重要な要因として、Astrellaの優れた安定性を挙げています。

バイズ教授のグループで行われる2D IR実験の多くは、1試料あたり16〜24時間のデータ取得時間を必要とし、この間、レーザ出力のあらゆる側面が常に完全に安定していなければならないためです。 データ取得時間が長くなるのは、信号強度が小さいためです。 教授は次のように説明しています。「IR遷移の発振強度は電子遷移よりもはるかに低いのが一般的であるため、2D IR信号は弱くなります。 さらに、私たちは同位体置換法を採用しています。不均一混合物中の1つの脂質種をターゲットとするため、その脂質を炭素13で標識して、C=Oストレッチをより低い周波数にシフトさせます。 そのため、ターゲットとする脂質が全体の5 %であれば、信号強度はさらに下がります。 時間に依存する研究を行おうとすると実験はさらに長くなります」。

バイズ教授、運用の簡素化により研究室へのパンデミックの影響を最小限に低減

2D IR装置は、バイズ教授の研究室で複数の学生や博士研究員が共有するリソースとして使われているため、Astrellaの長期的な信頼性とシンプルな操作性は、出力の安定性と同じほど重要な要素となります。 バイズ教授は、次のように説明しています。「学生は、通常2週間の時間ブロックで独占して機器を使用できるよう割り当てられます。 このスケジューリングが円滑かつ公平に行われるためには、信頼性の高いオンデマンド性能が必要になります。 私たちはAstrellaでそれを実現しています。 実際、24時間365日レーザを稼働させたままにして、実質的に忘れてしまうほどにするのが最適なソリューションであると分かっています。 また、サービス契約も充実していて、レーザに問題が発生するというまれなケースがあっても、ほぼすぐに復旧できます」。バイズ教授は、Astrellaの簡単な操作性により(「本当にただの光源です」と言っています)、学生たちがレーザに注意を払うことなく実験に全力を注げるようになったと述べています。 これは2020年のコロナウイルス感染症によるパンデミック規制の際、研究室の生産性の点で特に重要になりました。 同教授は次のように言っています。「大学側の規制により、私たちの研究室では1度に1人しか作業できませんでした。 そのため、ウルトラファーストレーザ増幅器の使用経験がほとんどない学部学生は、直接の支援や監督なしで作業をしなければなりませんでした。 しかし、この人員規制は、今のところ私たちの研究室の生産性を全く落としていません。2020年だけで10件の論文が提出されました」。

 

これらの2D IR研究から得られたユニークな情報

2D IR分光法によって明らかにされたエキサイティングな新しい科学的知見の一例が、脂質膜に埋め込まれたタンパク質を詳細にシミュレートした図3に示されています。 従来の見解では、一般に水は疎水性の内部から排除されるとされてきました。 しかし、同位体標識された2D IR実験でのデータは、膜コア内に有意な水の浸透があることを示しています。 このスナップショットは、このデータに基づいて行われた、膜内の両親媒性ペプチドの分子動力学(MD)シミュレーションによるものです。 疎水性(アシル鎖)領域の深さが1 nm以下でも、水分子は主鎖と水素結合する可能性があることに注意してください。 視覚的に分かりやすくするため、ここでは周囲の脂質を半透明のスティックとして示し、ペプチドを囲む水分子のみを示しています。 脂質の平均的なヘッドグループの位置は破線で示しています。

「大学側の規制により、私たちの研究室では一度に作業できるのは一人だけでした。 そのため、ウルトラファーストレーザ増幅器の使用経験がほとんどない学部学生は、直接の支援や監督なしで作業をしなければなりませんでした」

2D IR分光法が解き明かす新しい科学

図3 : 疎水性膜環境への水の浸透。
図はBaiz教授の研究室のご厚意による掲載。

概要

2D IR分光法は、単結合レベルでの化学現象を調べる強力な技術です。 特にターンキーウルトラファーストレーザ増幅器における技術的な簡便性とシステム信頼性が向上したため、研究室ではこの技術をFTIRなどの確立されたルーチン方式と同じアクセス性と信頼性を備えたオンデマンド分析手法として活用できるようになりました。

参考文献

[1] Flanagan, Jennifer C., Mason L. Valentine, and Carlos R. Baiz. “Ultrafast Dynamics at Lipid–Water Interfaces.” Accounts of chemical research 53.9 (2020): 1860-1868.
[2] Flanagan, Jennifer C., Alfredo E. Cardenas, and Carlos R. Baiz. “Ultrafast Spectroscopy of Lipid–Water Interfaces: Transmembrane Crowding Drives H-Bond Dynamics.” The journal of physical chemistry letters 11.10 (2020): 4093-4098.
[3] Flanagan, Jennifer C., and Carlos R. Baiz. “Site-specific peptide probes detect buried water in a lipid membrane.” Biophysical journal 116.9 (2019): 1692-1700.
[4] Flanagan, Jennifer C., and Carlos R. Baiz.

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