ホワイトペーパー
CARSによる燃焼分析 – まさにロケット科学。難題に挑む
概要
宇宙船打ち上げ産業は、文字通りにも比喩的にも、加速度的に上昇しています。 打ち上げ回数が増えるにつれ、これらのロケットエンジンはすべて、大気への悪影響を最小限に抑えつつ、できるだけクリーンに燃焼する必要があることが認識されるようになりました。 アレクシス・ボーリン博士は、Coherent反ストークスラマン分光(CARS)のさまざまな手法(すべてAstrella独自のウルトラファーストレーザ・再生増幅器で実現)を多様な燃焼システムの分析に応用しているトップクラスの研究者です。 同博士の実績に基づく技術力と洞察力は、まもなくスウェーデンのルレオ工科大学のキルナ宇宙キャンパスで、よりクリーンなロケット推進設計の探求に応用される予定です。ボーリン博士は最近、当キャンパスの上級研究員として任命され、エスレンジ宇宙センターで最新のロケット産業の有力者たちと密接に協力する機会をつかんでいます。
図1 : エンジニアたちは、急速に成長する商業宇宙船打ち上げ産業の大気への影響を最小限に抑えるため、より効率的な推進システムを目指しています。
CARS – 種の数密度と温度を測定する
ボーリン博士は、燃焼分析のためのCoherent反ストークスラマン分光(CARS)に関する研究の注目点について次のように説明しています。「自動車から炉、ロケットエンジンまで、燃焼エンジニアたちはシステムの効率を改善し、有害な排出量を削減することを望んでいます。 すべての燃焼源は複雑な化学反応であり、燃焼条件を巧みに操作することは、まずできる限り多くの詳細を知ることにかかっています。 レーザ診断法には、測定対象領域を乱すことなく、反応流のスカラ量を定量化する独自の強みがあり、有用な情報を優れた空間分解能と時間分解能で得ることができます。 私の研究では、CARSを使って、N2、O2、H2、CH4、C3H8、CO2、H2Oなどの分子の有効温度と種の数密度(つまり濃度)をできるだけ高い精度および正確性でマッピングすることに注力しています。
「すべての燃焼源は複雑な化学反応であり、燃焼条件を巧みに操作することは、まずできる限り多くの詳細を知ることにかかっています。」
- アレクシス・ボーリン博士 - 上級研究員、宇宙推進研究所
ルレオ工科大学、キルナ、スウェーデン
CARSの基本的なコンセプトを図2に示します。分子サンプルに、ポンプ、ストークス、プローブと呼ばれる3つのレーザ周波数(波長)が照射されます。そして、3次の非線形光学的メカニズムによりサンプルと相互作用させて4番目の波長であるCARSを生成し、「レーザのような」Coherent信号として送出します。 ポンプとストークスの2つの周波数の差が、精査する分子の2つのエネルギーレベルの差と対応する場合、信号強度は数桁も共鳴的に増強されます。 このような共鳴増幅により、1回のレーザ照射で効率よくサンプルのエネルギーレベルのスペクトルを得ることができます。各スペクトルピークの強度は、種の数密度と各種の内部エネルギーレベルの個体数によって異なります。 このように、CARSからは気体サンプル中の各化学種の存在量を知ることができ、スペクトルの形状からは純粋な回転遷移または振動回転遷移から成る局所のボルツマン温度を知ることができます。
図2 : CARSの遷移を引き起こすための励起効率は、フェムト秒レーザのパルス幅 / バンド幅によって異なります。 パルスが短いほど、より多くの遷移を一貫して励起できます。 写真提供 : アレクシス・ボーリン。
単一のウルトラファーストレーザ・再生増幅器によるCARS
CARSはインパルス的な励起によってできるだけ多くの遷移をマッピングすることを目的としているため、最近では通常、ウルトラファーストレーザパルスで行われます。 ボーリン博士は次のように説明しています。「ポンプ / ストークスビームには、持続時間がフェムト秒のパルスが必要です。このパルスは、多くのエネルギーレベルを同時にカバーする広いスペクトル帯域幅を持つからです。 50 fs未満の短いパルスは、ほとんどの2原子や3原子の種に対してインパルスとみなすことができ、分子を励起するのに最も効率的な形態になります。 そして、CARSスペクトラム(図2の信号)にターゲットとするさまざまな分子のスペクトルの特徴が高い分解能で現れるように、波長可変の狭帯域プローブパルス(すなわち持続時間がピコ秒のパルス)が必要です。 また、同じレーザ光源から両方のパルスを発生させることができれば、測定位置で自動的に同期するようになり、セットアップが非常に簡素化されます。さらに、間隔の狭いトランジションショット間の信号ビートが低減し、SN比が向上します」。
デルフト工科大学(オランダ)の研究室で、ボーリン博士と学生たちは、35 fsの出力パルス用に構成されたCoherent Astrellaの「ワンボックス」フェムト秒増幅器をベースにCARS分析のセットアップを構築しました。 この増幅器の高いパルスエネルギー(数ミリジュール)により出力を分割し、その一部を広帯域のポンプ / ストークスパルスとして直接使用できます。 そして他の部分は、2次高調波バンド幅コンプレッサー(SHBC)と呼ばれる機器で持続時間がピコ秒のパルスを生成するために使用されます。 SHBCの後に、内製のパルス整形器を使用して、パルス幅を3~15ピコ秒のレジームで調整します。
ボーリン博士とそのグループはこの基本的なCARSエンジンを使用して、燃焼炎やシステムに関するさまざまな研究を首尾よく行い、励起効率をその場でモニターできる純回転CARSなどの技術を完成させ、時空CARSやカスケードCARSを開発し、自己位相変調などの最先端の概念を活用して、燃焼室そのものの「窓の向こう」で必要となるレーザ波長を生成し拡張しました。
シンプルさ、精度、正確さの重視
ボーリン博士のCARSシステムは、従来の手法に比べて安定性が高く比較的シンプルであることが最も重要な側面だと言えるでしょう。 そしてここ数年、ボーリン博士はこうした側面をさらに高めるために革新的な改良を加えてきました。 ボーリン博士は次のように述べています。「研究室に持ち込み可能な小型のエンジンでしか使用できないような研究室に束縛される手法ではなく、必要に応じて燃焼現場に持ち込める汎用性の高い手法を求めていました。 一般的な研究所には、ロケットのテストエンジンでさえ持ち込むことができません。 Astrellaのシンプルさと安定性を備えた単一のレーザ光源を使用することは、移動可能なシステムを実現する上で大きな役割を果たしました」。
CARSの性能面については、同博士は世界最高の精度と正確さでの計測を明確に目指してきました。 ボーリン博士は次のように説明しています。「レーザ分光の歴史を考えると、実験パラメータをより詳細に測定することによってただ精度が向上するだけではないことが分かります。 むしろ、重要な新しい科学が明らかになることがよくあります」。ボーリン博士のアプローチの一例として、通常の532 nmのCARSレーザ波長ではなく、Astrellaで励起した400 nmのSHBC出力を使用するだけで、同博士はCARSイメージングにおける点広がり関数を40ミクロンから20ミクロンに減少させました。
現在、H2火炎の「標準燃焼器」を再構築しており、標準化された性能の詳細を今までにない正確さと精度で数値化する予定です。 急峻な熱勾配や拡散問題など、水素火炎伝播の基礎となる事柄をより忠実に検証することにより、1990年代に行われた測定に基づく古い理論や仮定をチェックしています。
ボーリン博士が開発したCARSの燃焼分析における最近のいくつかの進展は、より詳細に調査する価値があります。
「研究室に持ち込み可能な小型のエンジンのみで使用できるような研究室に束縛される手法ではなく、必要に応じて燃焼現場に持ち込める汎用性の高い手法を求めていました。」
同時空間分解能および時間分解能による温度計測
2020年、ボーリン博士のグループは、単一の再生増幅器で同時の(相関している)空間分解能(1D)と時間分解能(1D)が得られたことを実証する論文[1]を発表しました。 従来、ほとんどの分析的ラマン測定では振動遷移に注目しており、より小さな分子から回転振動の分解能で測定することが一般的でした。 ボーリン氏はその代わりに、精密な温度測定とイメージングに最適なデータフォーマットが得られる純回転CARSを使用しました。 チームはこの研究で、事前に混合したメタンと空気の不安定な炎表面の全体にわたって、1 kHzのシネマトグラフィーの1D-CARS気相温度計測を実施し、シングルショット精度1 %未満、正確度3 %未満、1.4 mmの画角、20 μm未満という優れた線広がり関数を実現しました。 ここでは、信号生成面が広視野のCoherentイメージング分光計によって検出面に中継されました。 これは、上述のように自然に同期したフェムト秒とピコ秒のパルスを発生させるAstrella増幅器システムと同じ繰り返し率でリフレッシュされました(図3参照)。
図3 : 単一のAstrella増幅器は、同期したフェムト秒ポンプ / ストークスおよびCARS温度計測用ピコ秒プローブビームを作成するために使用されます。 写真提供 : アレクシス・ボーリン。
励起効率の現場参照によるCARS
ボーリン氏のグループによるもう1つの重要な開発は、革新的な偏光感受型Coherentイメージング分光計です。これにより、同じ検出器フレームで共鳴CARS信号と非共鳴CARS信号を同時記録することができます[2]。 ボーリン氏は次のように説明しています。「この検出スキームを利用して、これまでのフェムト秒分光では不明だった衝撃励起効率に関する現場情報を取得することができます。 この新たなプロトコルは、広く運用するにはかなり複雑なレベルが求められますが、すでに気相診断のベンチマークであるとみなされているCARSの現在確立されている正確性と精度を上回る独自の方法を提供します。 このイノベーションにより、真のキャリブレーションフリーへの道が開かれました。この手法によってスカラを決定するパフォーマンスが改善され、正確性および精度を± 1 %にするという夢を実現する明確な見通しを持っています。」
図4 : Astrellaによる単一のレーザ照射に基づき、共鳴CARS信号と非共鳴CARS信号が同時に生成および検出されます。 共鳴CARS信号(チャンネル1)はサンプル内の温度や種濃度についての情報を伝達し、非共鳴CARS信号(チャンネル2)は現場で記録されたフェムト秒レーザパルスの有効バンド幅をマッピングします。 これは、CARSのスカラを決定する精度を1 %未満にするという夢を実現するために必要な情報です[2]。
カスケードCARS – 数密度に対する高い感度
カスケードCARSによってCARSコンセプト全体がさらに一歩進み、誘導CARS信号自体がサンプルから高位CARS信号を生成するプローブパルスになります。 燃焼システムで見られるような多種ターゲットの場合、使用不能で複雑なスペクトルの生成が予想されます。 しかし、ボーリン氏のグループは、このスペクトルが実際にはコンピューター分析にとても適していることを実証しました[3]。 では、弱くて分析するのがかなり複雑な信号が生成されると分かっている技術を使用するのはなぜでしょうか? ボーリン氏は次のように説明しています。「信号強度は数密度に対して驚くほど感度が高く、(数密度)4として表されます。 そのため、CARSの種測定の感度を高めるという目標をたしかにサポートしてくれます。 たとえば、強力なレーザ診断として使用し、十分に混合された大量の混合気組成内の小さな変動でさえ定量化することができます。 可燃性混合物の準備プロセスを正確に決定、理解、制御する能力は、効率的でクリーンな燃料反動エンジンを設計する上でいつでも非常に重要です」。さらにボーリン氏は、信号強度はレーザ強度に対しても非常に感度が高いため、Astrellaの優れた安定性はパルスエネルギーだけでなくパルスの時間およびスペクトルプロファイルの観点からも非常に重要だと述べています。
図5 : 同時生成されたカスケードCARSとCARS信号は、偏光感受型Coherentイメージング分光計により同じフレームで分割および検出されます。 カスケードCARSでは、領域の回転スペクトルバンド全体にわたる衝撃効率を安定させるためにAstrellaの安定性が重要なものとなります[3]。
自己圧縮パルスによる超広帯域CARS
温度計測とカスケードCARS方式は炎の中の1つか2つの種をターゲットにしますが、ボーリン氏のグループは燃焼に関連する主要な種すべてを同時に監視できる手法も実証しました(例 : O2、H2、CH4、CO2)。 この方法では、現場の超広帯域フェムト秒パルスを作成する確立された手法を使用します。 グループはこの手法を活用し、ボーリン氏がAstrella出力の「ソフト圧縮」と呼んでいるプロセスを実行します。 炎の中で実際に生成されるフェムト秒レーザ誘起フィラメント化により、35 fsから約24 fsへの圧縮が行われます[4]。 これにより、上記の化学種すべての回転振動の代表的な帯域に及ぶ1200-1600 cm-1の「指紋領域」にアクセスすることができます。 この圧縮技術により、フィラメントの立ち下がりで変換限界出力が生成され、fsおよびpsビームと交差するフィラメントから4 mmでCARSプローブ量が生成されます。ボーリン氏は次のように説明しています。「現場で超広帯域パルスを生成する大きな利点は、追加のパルス圧縮デバイスとチャープ補正オプティクスを使用することなく光学セットアップを簡素化させることができる点です。 たとえば、ロケット推進ユニットのモニタリングアクセスウィンドウが2.5 cmの厚さのガラスである場合があります。 このような分厚いウィンドウの場合、他の方法でのフェムト秒パルスの分散はほぼ不可能でしょう。 優れた制御性を持つフィラメント化の現場生成手法を代わりに使用できることも、Astrella出力の驚異的な安定性を示しています」。
図5 : 超広帯域CARSの場合、1200-1600 cm-1領域全体に及ぶパルスが炎の内部で生成され、分散補正の問題を生じさせることなく分厚いガラスウィンドウからモニタリングすることができます。 画像提供 : アレクシス・ボーリン博士。
「優れた制御性を持つフィラメント化の現場生成手法を代わりに使用できることも、Astrella出力の驚異的な安定性を示しています。」
本格的な研究の実施
要約すると、デルフト工科大学のアレクシス・ボーリン氏が率いる研究グループは、さまざまな炎および燃焼源の温度勾配と数密度をマッピングするためのCARS画像および分光の出力と汎用性があることを実証しました。 このグループの研究は、精度および正確性を向上させるという共通のテーマでつながっており、すべての実験的セットアップで共通の重要なレーザエレメントとしてAstrellaを使用しています。 ボーリン氏はまもなく、これらの手法をキルナ宇宙キャンパス、LTU、スウェーデンのエスレンジ宇宙センターのロケット推進システムの分析に応用する予定です。
参考文献
1. L. Castellanos, F. Mazza, D. Kliukin, A. Bohlin, Pure-rotational 1D-CARS spatiotemporal thermometry obtained with a single regenerative amplifier system, Opt. Lett. 45, 4662-4665 (2020). [Editor’s Pick]
2. F. Mazza, L. Castellanos, D. Kliukin, A. Bohlin, Coherent Raman imaging thermometry with in-situ referencing of the impulsive excitation efficiency, Proc. Combust. Inst. 38, 1895-1904 (2020).
3. D. Kliukin, F. Mazza, L. Castellanos, A. Bohlin, Cascaded coherent anti-Stokes Raman scattering for high-sensitivity number density determination in the gas-phase, J. Raman Spectroscopy; 1-9 (2021). [special issue].
4. F. Mazza, N. Giffioen, L. Castellanos, D. Kliukin, A. Bohlin, High-temperature rotational-vibrational O2-CO2 coherent Raman spectroscopy with ultrabroadband femtosecond laser excitation generated in-situ, accepted to Combustion and Flame in 2021.