自動車産業が進化していく中、安全性、利便性、全体的な運転体験を向上させるために、先進的な技術を組み込むことが極めて重要になっています。そうしたイノベーションの一つで、大きな注目を集めているのが、3Dヘッドアップディスプレイ(HUD)です。3D HUDは、フォトニクス、光学、レーザ技術を組み合わせた、最先端の車載ディスプレイシステムです。ここでは、HUDの仕組みとその構造、そして今後のトレンドがHUDをどのように進化させていくかについて説明します。
ヘッドアップディスプレイの基礎
3D HUDは、重要な情報をドライバーの視野内に投影する拡張現実(AR)ディスプレイの一種です。これによりドライバーは、視線を道路に向けたまま、重要な情報を読み取ることができます。車載用HUDは、ヘッドマウント式のARディスプレイと似ていますが、1点、非常に巧みに工夫されている箇所があります。ドライバーにメガネをかけさせる代わりに、車のフロントガラスをメガネとして利用し、ディスプレイの出力と実際の視界を融合させるのです。
その結果、HUDディスプレイは、ドライバーの視線の先に浮かんでいるように見える仮想スクリーンとして出現し、通常は、フロントガラスの数フィート(1~2m)先に見えるようになっています。HUDディスプレイを実際の視界に統合すると、ドライバーの視線移動を減らすことができます。つまり、ダッシュボードに取り付けられたディスプレイを読み取るために道路から目を逸らす必要性が減少します。
ディスプレイエンジンが生成した画像は、各種のレンズまたはミラー(あるいはその両方)を使用して、フロントガラスに統合されたコンバイナーに投影されます。ドライバーは、フロントガラス越しの通常の視界と、投影されたディスプレイの映像を重ね合わせて見ることになります。
フォトニクス:HUDの中心部
フォトニクスは、光の生成、操作、検出に関する科学であり、HUDの機能の中核を成しています。HUDディスプレイを構成するフォトニクス部品のうち、主だったものを以下に示します。
レーザダイオードとLEDが主な光源です。特にレーザダイオードは、明るく、効率的で、コンパクトである点が支持されており、こうした特性が高解像度ディスプレイの製造を可能にしています。赤、緑、青のレーザダイオードを組み合わせることで、色域が広く、輝度レベルの高いフルカラーディスプレイが実現されます。 |
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この光学構造物は、光源からディスプレイ表面まで光を導きます。先端材料と製造技術により、光の損失を最小限に抑え、画質を向上させます。 |
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これには、目的の画像を生成するために光を操作するレンズや鏡が含まれています。回折光学素子(DOE)は、精密な光の成形と進行方向の制御を行うためによく使用されます。 |
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ビームステアリング |
微小電気機械システム(MEMS)ミラーなどのソリッドステート ビームステアリング機構により、レーザビームを精密に制御し、動的で解像度の高い画像を生成できます。 |
光学系:視覚体験の形成
明度とピントを維持しながら、HUD画像をフロントガラス(およびその先のドライバーの目)に投影する際には、他にもさまざまな光学部品が重要な役割を果たしています。こうした光学素子の例を以下に示します。
投影レンズ |
このレンズは、光源によって生成された画像を拡大し、ドライバーが簡単に読み取れるサイズでフロントガラスに投影します。 |
コンバイナーとは、投影画像を実際の視界に重ね合わせる半透過式の反射面です。高度なコンバイナーでは、透過性を高め、歪みを最小限に抑えるために、ホログラフィック光学素子(HOE)が使用されています。 |
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この独自形状のレンズを使用することで、フロントガラスの曲面の形状をより簡単に補正できます。これにより、より小型で効率的なHUDの設計が可能となり、視界と画質を向上させることができます。 |
3D HUD
従来のHUDには、2Dの情報が表示されます。つまり、スマートフォンの画面やタブレットなどのフラットパネルディスプレイと同様です。HUD開発の次の段階は、より高い没入感とインタラクティブな体験を提供する3D(立体映像)ディスプレイです。3D HUDでは奥行き感が得られるため、ドライバーの状況認識能力が向上し、反応時間が短縮されます。また、より充実したコンテンツの提供も可能となります。
3D HUDを実現するには、僅かに異なる2つの画像を生成し、左右の目にそれぞれ1つの画像を投影する必要があります。これは、人間の目が現実世界で奥行きを認識する方法を模倣したものです。技術的に難しい点は、たとえドライバーの目の位置が変わっても、それぞれの画像を該当する目(左の画像は左目、右の画像は右目)に投影し、これらの画像が常に1つの3D画像として見えるように、各画像の位置を調整し続けることです。
これを実現する一つの方法は、現在多くの車両にすでに搭載されている技術を利用することです。それは、特にドライバーの頭部と目の動きを追跡するドライバーモニタリングシステム(DMS)です。
このディスプレイには、それぞれの目に特定のピクセルのみが見えるようにする光学素子が搭載されています。具体的には、視差バリア、マイクロレンズアレイ、レンチキュラーレンズ、ホログラフィック光学素子(HOE)などの空間選択的な光学素子です。そしてディスプレイが、左目用のピクセルに左画像の情報、右目用のピクセルに右画像の情報を表示するように設定されます。
しかし、ドライバーの頭部は静止していないため、それぞれの目だけに見えるピクセルセットは常に変化します。そのため、DMSの視線追跡データを使用してディスプレイを絶えず更新し、左右の目の視界を含むピクセルをシフトさせています。これにより、ドライバーの位置が変わっても、3D効果が適切に維持されます。
最近使われ始めたより高度な手法が、いわゆる「ライトフィールドディスプレイ」です。この手法では、2つの画像(左右の目の視界)だけでなく、さらに多くの画像が同時に生成されます。また、特定の光学系を使用して、これらの視界のそれぞれを狭い角度範囲内に送ります。
その結果、どの観察位置であっても、それぞれの目には、1つの固有の視界が表示されます。これらの視界は、左右の目の視界が常に「ステレオペア」を形成するように生成されます。つまり、観察者が3Dとして解釈できるよう、適切な視差(奥行き)情報を持つ画像となっています。観察者には、頭部が動くと異なる視界のペアが見えますが、それらは常に、観察者が3Dとして認識するペアになっています。
通常、ライトフィールド3D HUDは、複数の視点から見ることができる、より自然で連続的な3D表示体験を提供します。この方式では現実味が向上し、目の緊張が軽減されます。しかし、ピクセルシフトに基づく3D HUDよりも複雑で、コストがかかり、消費電力も増える可能性があります。
より多くの情報を表示できる3D HUDに 今後期待できること
HUDディスプレイに奥行き感を追加すると、ドライバーは、視覚的に圧倒されることなく、はるかに多くのデータを見ることができます。実際、私たちの脳は生まれつき奥行きを認識するように設計されているため、3D HUDに表示される情報は、予想に反してはるかに理解しやすく、混乱を招く可能性も低くなっています。
将来の3D HUDでは、どのようなことが期待できるのでしょうか。すぐに思いつく可能性の一つは、ナビゲーションデータです。これは、ほとんどの2D HUDにすでに採用されています。ただし、繰り返しになりますが、表示を3D化すれば、「現在の矢印はどこを指し示しているのか」について、視覚的な曖昧さが解消されます。
LIDARデータでも3D HUDの機能を拡張できます。たとえば、障害物を識別したり、車両の進路を横切る可能性が高い他の車、人、動物などの動的な要素を強調表示したりできます。このリアルタイム情報をHUDに投影することで、ドライバーは重要な状況を認識し、適切なタイミングかつ十分な情報に基づいて潜在的な危険に対応することができます。
ウェブからのデータを動的に表示することもできます。たとえば、視界に入ってきたレストランをハイライトする、空きスペースがある駐車場を示す、ガソリンスタンドのガソリン価格を表示する、EV充電ステーションに関する情報を動的に提供するといった操作をHUDに指示することができます。
3D HUD:豊富な情報が得られ安全性が向上した没入型ディスプレイ
3Dヘッドアップディスプレイは、情報が豊富で安全性の高い没入型の運転体験を提供することで、自動車産業に革命をもたらすでしょう。最先端のフォトニクス、光学、およびレーザ技術を統合することで、3D HUDは現代の自動車の標準機能になろうとしています。技術の進歩が続き、新しいトレンドが現れてくると、運転の未来は間違いなく、こうした革新的なディスプレイシステムによって形作られていくでしょう。そして、道路はより安全になり、車での移動はだれでもより楽しめるものになるはずです。