ホワイトペーパー

Mephistoレーザ – 極低ノイズかつ極狭線幅

 

Mephistoシリーズのレーザは、商用連続発振(CW)レーザの中でも最低のノイズと最狭の線幅を実現しています。モノリシック非平面リングオシレータ(NPRO)アーキテクチャは、アクティブノイズ抑制と合わせて、重力波研究、原子冷却/トラッピング、LIDAR、ロングパス干渉法、光通信、その他の高性能アプリケーションに貴重な光学ツールを提供します。

 

はじめに

2015年9月に重力波(GW)の検出に初めて成功したとき、それは天文学において数十年にわたる研究の集大成であるだけでなく、時空計測データによってまったく新しい観測の扉が開かれるエキサイティングな新時代の始まりでもありました。この成果により、2017年のノーベル物理学賞を受賞しました。現在、GW検出が狭線幅CWレーザにとって最も要求の厳しいアプリケーションであることに異論を唱える人はほとんどいないでしょう。研究者は、1022分の1という小さな時空間の変調を観察できる能力を必要としています。こうした小さな時空間の変化を検出するための好ましい方法が、超安定レーザを使用したロングパス干渉法です。これらの干渉計(LIGO、GEO600、Virgo、KAGRA)はすべて、90度の角度を付けた長さが何キロメートルもあるアームを備えています。GWを検出するには、システムで波長の1兆分の1程度の経路差を測定できる必要があります。この精度は、光干渉法ではまったく前例のない精度です。可能な限りの低ノイズを達成するため、前述の4か所すべてのGW観測所の光学システムは、Mephistoレーザをシード光源として導入しました。次に、1064 nmの出力を増幅して、強度と周波数の両方の数値が安定化し、干渉計のアームに注入される光に必要なパラメータを得ています[1]

低ノイズレーザに大きく依存しているもう1つの用途が、冷却原子のトラップです。ここでは、業界をリードする安定性と線幅の両方を提供するMephistoの高出力モデル(最大55 W)が、さまざまな種類の冷却原子に対する光双極子トラップの形成に使用されています。これをさらに高度にしたものが、光格子の形成です。これは、冷却原子が分散するマイクロトラップの光学的に形成されたバージョンです。光格子は、冷却原子を使用して相転移、光原子時計、二原子分子、量子シミュレータを用いる研究で幅広く使用されています。ここで、強度と位相の両方におけるレーザの光学的安定性は、最低の原子加熱速度を確保し、結果的に実験時間を最大化するために重要です。上記のアプリケーションは、線幅が狭く、安定性の高いCWレーザ光源によって実現される多くのアプリケーションのうちのほんの一部にすぎません。LIDAR、光周波数標準、スクイズド光の実験、レーザ注入シーディング、自由空間光通信、光計測、ナノ粒子の捕捉、その他多くの分野で、Mephisto製品ラインのパラメータを活用できます。このホワイトペーパーでは、業界で最も静かなレーザ製品を支える技術と機能を検証します。

 

NPRO – モノリシックな安定性

非平面リングオシレータ(NPRO)は、1984/5年にスタンフォード大学のByer、Kane、およびその同僚によって発明されて以来[2]、現在でも利用可能な最も低ノイズのCWレーザアーキテクチャとして認められています。低出力ノイズの鍵の1つは、安定したレーザキャビティーです。典型的なシングルモードレーザには、精密機械マウントで支持された2つ以上のミラーで形成された共振キャビティー内に存在する利得媒体とさまざまな光学系が組み込まれています。NPROは、レーザキャビティーについてまったく異なるアプローチを採用しており、単結晶が利得媒体としてだけでなく、結晶ファセットによって定義されるレーザキャビティーとしても機能します。また、NPROは単方向進行波リングオシレータとして機能することも重要です。線形レーザキャビティーでは、最高利得モード(およびすべてのモード)の電場ベクトルがキャビティーに沿った定在波パターンに従い、「ホールバーニング」を発生させます。つまり、利得が枯渇するかしないかは、キャビティーに沿った正弦波パターンによります。他の縦波モードは、絶対利得が低くても、最も強いモードによって枯渇せずに残った利得を使用して発振できます。望ましくないモードの発振が排除され、レーザが進行波共振器として動作するように設計されています。このタイプの共振器は、単一の伝播方向に発振を強制するために光半導体レーザを利用しています。光半導体レーザは、順方向の透過率が逆方向の透過率よりもはるかに高いデバイスであり、その結果、単一の縦波が順方向にのみ伝播します。定在波パターンとは異なり、進行波は利用可能な利得をすべて使い果たし、他の望ましくないモードの発振を防ぎます。NPROの設計でよく考えられている要素の1つが、結晶がキャビティーとして機能するだけでなく、光半導体レーザを作成するために必要なすべての要素がモノリシック形式で組み込まれていることです。

単方向NPRO振動の完全な理論[3]は、このホワイトペーパーでは取り扱いませんが、これを要約すると、結晶は強い磁場の中に保持されるため、ファラデー回転子として機能し、結晶を通過するレーザ光の偏光をビームの伝播方向とは無関係に同じ量と方向で回転させます(非相反回転)。さらに、ファセットBおよびD(図1)での全内部反射(TIR)が、キャビティー内のレーザ光に相互回転を与えます。最終的な効果は、キャビティー周囲の一方向では磁場とTIRによる偏光回転が加算され、反対方向では互いに打ち消し合うため、反対方向に伝播する2つのモードに2つの異なる偏光状態が生じます。ファセットAの出力結合コーティングは、1つの偏光がわずかに有利になるように設計でき、その結果、一方向の発振が生じます。

Figure 1
Figure 1 inset

CoherentのMephistoシリーズのレーザの中心となるNPRO結晶のサイズ。

図1: NPRO結晶内の光学モード(青色の矢印)の概略図(オレンジ色の矢印は励起光を表します)。 NPRO利得結晶はモノリシックレーザキャビティーを形成し、ファセット角度により全内部反射(TIR)による高い反射率が保証されます。ファセットは、外部から印加される磁場と組み合わせた偏光回転(TIRによる)が単一方向進行波レーザ動作を優先的にサポートするように配置されています。 

 

線幅と周波数の調整

NPROの周波数特性、つまり線幅は他の種類のレーザよりも優れています。Mephistoモデルは、さらなる安定化を行わなくても、レーザから直接3 kHz以下の線幅を得られます。現在でも、最新のファイバーレーザや外部共振器ダイオードレーザは、フリーランニング動作で同じ線幅性能を達成するのは難しいという課題が生じています。 

もちろん、線幅の狭い共振器は、周波数ドリフトを積極的に制御できない限り、短期間の用途でなら利用できます。Mephistoでは、2つの異なるメカニズムを使用して、放射周波数の高速で細かい制御と、より低速で粗い制御を提供します。拡張することによって、この制御で30 GHz領域全体でMephistoの絶対周波数を調整することもできます。

結晶の大きな非光学面の1つ(つまり、図1の水平面の1つ)に取り付けられた圧電振動子(PZT)素子を使用することによって高速かつ微細な制御が可能になります。PZT素子によって結晶が圧縮される(歪む)と、有効長(または屈折率)が変化し、縦波モードの周波数が変化します。この高速ループは最大100 kHzのバンド幅で動作できます。またモード周波数を1 MHz/Vずつ変更します。 

より低速で大きな周波数変動は、NPRO温度を変化させる(温度調整)ことで対処します。Nd:YAGモノリシック共振器の温度が変化すると、次の2つの効果、すなわち結晶の熱膨張係数と温度に依存する屈折率の変化によって、周波数がシフトします。これらの影響に加えて、温度変化によってNd:YAGの利得曲線に非常に小さなシフトが生じる可能性もあります。これを考慮に入れると、正味の実効変化は約 -3 GHz/Kになります。図2は、Mephistoの温度ベースの周波数制御の測定値を示しています。モードホップは、発振モードの周波数(共振器によって決定される)が利得バンド幅の中心周波数に対して共振器の自由スペクトル範囲(FSR)と同様の量だけシフトするときに発生します。Mephistoの完全な波長可変領域は、結晶温度が25°C変化した場合で約30 GHzです。モードホップのため、この値は3 GHz/Kの値よりも低くなります。特別なMephistoバージョンでは、モードホップの自由範囲がより広くなります(モードホップ間の15 GHzのチューニングを備えた拡張波長可変領域オプション)。特定のスペクトル線を扱う場合は、波長可変領域をより低い周波数(281.565 THzまで)にシフトするオプションも利用できます。図3は、温度とPZTチューニングの両方を実行した場合のMephistoの全体的なチューニング特性をまとめたものです。

Figure 2

図2:Mephistoの出力周波数は結晶温度の関数として表されます。モードホップと2つのモードが同時に発振できる領域も示されています。 

 

Figure 3

図3:PZTと温度制御によるMephistoの周波数可変領域。

 

位相ノイズと周波数ロック

位相ノイズとは、レーザの周波数線幅の誤差のことです。当然ですが、モノリシックMephistoレーザ共振器は、相互に振動したり熱的にドリフトしたりする個別のキャビティー要素で構成されるレーザ共振器よりも優れた周波数ノイズ性能をもたらします。意図したアプリケーションに応じて、この周波数ジッターは、Hz/√Hz単位のパワースペクトル密度(PSD)統計分布の形式で表現される場合があります。

Mephistoの周波数ノイズをこのように表現すると、1/fの挙動に準じます。周波数ノイズは1 Hzで約104 Hz/√Hzですが、10 kHzでは1 Hz/√Hzまで下がります(図4)。独自のテストでは、Mephistoが広範囲の周波数で絶対的に最も低い位相ノイズを提供することが既に示されています[4]。このユニークな性能により、Mephistoシリーズのレーザは、可能な限り低い周波数ノイズが要求される用途に適していると言えます。

温度およびPZT調整メカニズムは、外部制御下でレーザをスムーズに調整するために使用でき、絶対的な固定周波数出力を必要とする用途でレーザ出力を外部基準にロックするために使用することもできます。このロックは、フリーランニングレーザと比較して、低周波数での位相ノイズを下げる役割もあります。Mephisto(1064 nmと532 nmの両方の出力を提供するPrometheusレーザ)の周波数2倍モデルは、複数の分子状ヨウ素(I2)532 nm付近に存在する遷移線であり、その発光周波数をそれらの線の超微細遷移の1つにロックするために使用できます。これにより、絶対周波数基準および高精度計測に理想的なレーザ光源となります。ヨウ素ロックされたPrometheusのアラン偏差測定の例を図6に示します。ここでのPrometheusレーザは、分子状ヨウ素のR(56)32-0遷移のa10成分にロックされています。20時間にわたって記録されたアラン偏差測定値は、~10-13だった相対安定性が(修正アラン偏差は平均1秒)は3·10-14(平均1000秒)まで下がりました。ここでのヨウ素のロック作業と測定は、TEM Messtechnik GmbHが行いました[6]。

絶対周波数が必要なく、ユーザーがより高い周波数でレーザ出力の安定化を図る用途では、Mephistoはレーザを安定化された高精細キャビティーにロックするために必要な機能を提供します。

Figure 4

図4:Mephistoパワースペクトル密度の性能は、幅広い周波数にわたって1/fの挙動に準じて、位相ノイズが最も低いことを示します。

 

Figure 5

図5:分子状ヨウ素(I2)は532 nmの波長付近で遷移します。緑色の帯域は、Prometheusの放射周波数を調整することでカバーできる領域を示しています。[6]から採用

Figure 6

図6 : 20時間にわたってヨウ素ロックしたPrometheusレーザ周波数の平均値からの修正アラン偏差測定。ヨウ素ロックはTEM Messtechnik GmbHが行いました[6]。

 

振幅ノイズとノイズ低減

Mephisto製品シリーズは、非常に低い振幅ノイズも特徴としています。その名前が示すように、振幅ノイズとは出力強度の小さなジッターです。振幅ノイズは通常、測定時の平均電力レベルに正規化されたノイズである相対強度ノイズ(RIN)として表されます。Mephistoのようなダイオード励起固体レーザでは、振幅ノイズの主な原因は通常、残留励起ダイオードノイズによって生成される緩和振動です。

緩和振動は、上部状態の寿命がキャビティーの減衰時間(つまり、レーザ励起出力がオフになったときにレーザ内のすべての循環出力が主に出力カプラー損失により減衰するまでの時間)よりも長い場合、どのレーザでも発生します。ダイオード励起レーザの場合、レーザダイオード励起出力がたとえわずかでも変化すると、緩和振動が起こり、NPROやその他の固体レーザのノイズスペクトルにピークが生じます(図6を参照)。このピークは、Mephistoではノイズイーターと呼ばれる機能を使用することで効果的に除去されます。これは、レーザヘッド内のフォトダイオードによって提供され、励起レーザダイオード電流に作用する駆動信号を備えた内蔵高速フィードバックループです。図6は、この機能が1 kHz~2 MHzのスペクトル領域からの励起ダイオードノイズと緩和振動ピークの除去にどれほど効果的であるかを示しています。ノイズイーターに加えて、極めて低いノイズ放射をサポートするために、Mephistoシステムは主にアナログ設計に基づいた特別に設計された低ノイズ電子コントローラを使用します。

Figure 7

図7 : RIN(相対強度ノイズ)として表されるMephistoの振幅ノイズは、10 kHzを超える周波数で-140 dB/Hz未満になるように規定されています。ノイズイーター回路は、緩和振動によるノイズピークだけでなく、励起ダイオードの電流ノイズの大部分を除去するのに効果的です。

 

パワースケーリングと波長のオプション

一般に、励起出力がスケールアップされると、NPROは正の熱レンズ効果を引き起こし、次の2つの悪影響をもたらします。すなわり、励起ダイオードと共振器モード間のモードマッチングが悪化し、最終的に共振器が不安定になります。熱レンズ領域におけるNPRO設計の詳細な研究[7]では、励起出力が増加すると、熱レンズ効果によりモードのスポットサイズが減少することが示されています。最終的には、これにより励起ダイオードと共振器の基本モード間のモード整合が失われ、マルチ横モード発振が発生し、NPROの主な機能が失われます。これらの考慮事項から、高出力NPROは、低出力で使用する場合の低しきい値や高効率ではなく、公称出力に対して最適化されていることは明らかです。Mephistoは、通常の超狭線幅、低ノイズ、高周波数安定性を維持しながら、最大2 Wの出力を達成できます。より高い出力が必要な場合、超狭線幅を維持しながら数十ワットを達成するための最良の方法は、最大55 Wの電力で利用可能なマスターオシレータ出力増幅器(MOPA)方式を使用することです(Mephisto MOPAモデル)。

NPRO結晶は1064 nmのNd:YAG基本波長で最も一般的に利用できますが、特定の用途では異なる波長の恩恵を受けることができます。このため、Mephistoレーザには、緑色(532 nm)出力の周波数2倍モデル(Prometheusモデル)も用意されています。

 

堅牢な設計

モノリシック共振器設計は、ばらばらの部品から作られた一般的なレーザよりも堅牢です。キャビティー全体が活性媒体の大部分に囲まれているだけでなく、1つを除くすべての表面からの内部反射を使用することで、光学コーティングの使用の必要性が最小限に抑えられます。実際、唯一コーティングされている表面は出力ファセットですが、ここでも実際のキャビティー内反射は活性媒体内で発生します。つまり、設計によってレーザキャビティー全体が汚染されず、損傷や経年劣化が事実上ないことを意味します。これは、設計者(多くの場合エンドユーザー)が光学アライメントとレーザキャビティーの清浄度の維持に気を配らなければならない、他の多くのレーザとはまったく対照的です。さらに、NPROと励起ダイオードが小さいため、ヘッドサイズが小さくなり、動作温度を正確に安定させることが簡単になり、OEMツールへの統合が容易になります。

概要

Mephistoレーザは、NPROレーザアーキテクチャの独自の可能性を最大限に引き出します。その優れたレーザビームパラメータ、超狭線幅、周波数チューニング、高出力、超低ノイズなどの比類ない組み合わせが、Mephistoシリーズという要求の厳しい分野に最適な優れたレーザを実現させています。Mephistoシリーズは、原子冷却/トラッピング、光通信、計測、量子光学、重力波研究、その他非常に狭い線幅や極めて安定したレーザビームを必要とする用途に最適です。

 

参考資料


[1] P. Kwee et al., Opt. Express 20, 10, pp. 10617-10634 (2012)
[2] T.J. Kane, R.L. Byer, Opt. Lett. 10, 65 (1985)
[3] A.C. Nilsson, E.K. Gustafson, R.L. Byer, IEEE J. Quantum Electron. QE25, 767 (1989)
[4] K. Numata et al., Proc. SPIE 10511, Solid State Lasers XXVII: Technology and Devices, 105111D (2018)
[5] J. Ye et al., IEEE T. Instrum. Meas. 48, 2, pp. 544 - 549 (1999)
[6] https://tem-messtechnik.de/en/
[7] I. Freitag, A. Tunnermann, H. Welling, Opt. Comm. 115, pp. 511-515 (1995)

無料相談を承っております。どうぞお気軽にお問い合わせいただき、お客様のご要望をお聞かせください。